2015年10月29日木曜日

かえる

2015年10月21日

この日は、SF映画 「Back to the Future Part II 」 の主人公マーティ・マクフライが
作中で1985年からタイムトラベルしてきた日だそうです。

ラジオでやけにBTTFのテーマ曲が流れるなぁ…と思っていましたが、
なるほど納得!
個人的にかっこいい映画音楽やゲーム音楽が大好きなので、意味も分からず
喜んでいたのはまた別の話。

公開されたのは1989年です。
私が初めて かの映画を観たのは、はて いつだったか?
とりあえず、ずいぶんと前で小さいころだったというのは確かです。
「未来に帰る」という題名、ストーリーの展開や作った人の発想が面白いなぁと
思いながら観ていた気がします。
しかし、時が流れるのは速いですね。


時が経つのが速いといえばもうひとつ。
私事ですが、今月で入社 丸一年経ちました。
この一年を振り返ってみましたが、一言でいうと

「わたわたしていた」

でしょうか。

少しずつできることは増えていきましたが、まだまだ半人前を自覚しています。
学ぶこと、教わることが多い毎日。
たくさんの方に支えていただき、今の私があります。
本当に感謝、感謝です。

仕事をするうえで悩み事はまだまだつきません。
けれども、私がすべきことはただひとつ。

「ご遺族の心に寄り添う文章を書くこと」

この仕事についた日に、胸に刻んだ想いを忘れることなく
これからも励んでゆきます。

「初心に返る」ですね。


ちょっと真面目に書いてみたOP Y田

2015年10月26日月曜日

今年一番の驚き

みなさん、覚えていらっしゃいますか?

あれは忘れもしない9月28日のこと。
私はパソコンに向かい、いつも通り仕事をしておりました。

午後3時半過ぎに、隣の班のFさんとUさんに
福山雅治が結婚したことを聞かされました。
急いでYahoo!ニュースを検索。
ほんとだ…。
驚きを隠せぬまま、自分のスマホを見てみると
妹、母、友達、友達の旦那さん、友達のお母さん…
たくさんの人から連絡が来ていました。

出張中の父は直接私に連絡せず「大丈夫かな?」と
母に連絡し、本気で心配していたようです。
昔は「きちがいだ」と呆れていたのに…。

福山ロスで早退する女性多数とニュースで聞きましたが、
私は早退することなくしっかりと働きました。
(当たり前ですね)

ファン歴およそ17年。
いつかは誰かと結婚するとわかっていても
ちょっとショックでした。
でも、そろそろ結婚した方がいいのではと
勝手に心配もしていました。
なので、心から祝福しています♡

少しだけ落ち込みましたが、それ以上に
みんなが心配してくれたことが嬉しかったです!
気にかけてくださった方々、励ましてくださった方々、
ありがとうございました。


tsuda

2015年10月22日木曜日

戦争について考える

私にとって身近な存在で、かつ戦争のことを一番語ってくれたのは大伯父(父方の祖母の兄)で、
鹿児島県本土の右側、大隅地方にあった鹿屋海軍航空隊の所属でした。
(基地の跡地は現在、海上自衛隊 鹿屋航空基地と歴史資料館になっています)
鹿児島で特攻基地というと薩摩半島にある知覧が有名ですが、「鹿屋もなんだよ!」と声を大にして言いたいところ。

大伯父は、若い頃から苦労してきました。

農家の長男として生まれ、
10代後半で父親が亡くなったため戸主になり、
20歳の時に徴兵され、日中戦争と太平洋戦争に従軍。
一式陸攻(一式陸上攻撃機)の整備兵として南洋を転戦し、
ラバウルで終戦を迎え、
復員船(空襲に遭って甲板が ひしゃげたままの元・空母)に乗って帰国。

かーなーりー端折りましたが、生きるか死ぬかの瀬戸際で踏ん張り、凄惨な光景を嫌というほど見てきたはずです。
当時のつらい経験を思い出すのは嫌だ、と思う一方、心のどこかでは「誰かに話したい」とも思ったのでしょう。
大伯父の子は娘ばかりで息子がいなかったため、甥っ子達が話し相手になっていました。そして、甥っ子達は影響を受けまくりました。
(飛行機好きだったり、自衛官になったり、30年近く海外生活送ったり…)

大伯父の几帳面さが出ているのは、当時の関係書類を今でも大事にとってあること。
軍票や感状(功績に対する感謝状のこと)、後年 恩給のために発行された加算恩給履歴申立書が残っているのです。
大事な書類を汚してはいけないので、普段はコピーをとったものを使っています。





(…あ、あれ? 何気に、すごい人の名前が書かれてないか?)

これらの資料が現存するからこそ、戦争関係の本や地図、文明の利器・インターネットを使って、大伯父の歩みを辿ることができます。
実は、文章にまとめている真っ最中。最近読んだ本は、大伯父と同じ部隊か近い部隊に所属していたらしい方の手記という有様です←可愛らしさの欠片も無い
大伯父は、11月で95歳。
昔と比べて更に細身になった気がしますが、まだまだ元気です。
ただ、いつお迎えが来てもおかしくない歳ですので、早くまとめなければなりません。
「じやん(=じいちゃん)、来たよー」と声をかけたら
「おー、よう来たがー」と言って、笑ってほしい。
願わくは、これからも健やかに過ごして頂き、100歳を迎えられますように。



あと、今回どうしても書きたかった言葉が1つ。
学生の頃から愛読している小説の中に、こんな台詞があるのです。

「人間が年齢の順に死んでゆくのが、まともな社会というものだ。わし(軍隊で偉い立場にある老齢の方)のような老兵が生き残って、少年たちが死ぬような社会は、どこか狂っとる」

国外の戦争や紛争をニュースで見ながら、この言葉を思い出します。
戦争は、百害あって一利なし。
争いごとによって何の罪も無い人の命が奪われることの無い、平和な世の中を望みます。


written by. E

2015年10月19日月曜日

ああ、我が愛車

実は私車をぶつけてしまいました。
一緒に いろいろな所へ出掛けたあいつです。
「時間が出来たら北海道宗谷岬に行こうな」そう話していたあいつです。

友人を助手席に乗せ、家具屋さんから家に帰ってきたとこでした。

大きな柱に気を付けて「こいつが邪魔なんだよねぇ、バックオーライオーライ♪」

ガシャン!!

といった具合です…

不幸中の幸いかボディへのダメージは ほとんどありませんでしたが、
右ブレーキランプのカバーを吹き飛ばしてしまいました。
 
修理に いったいいくらかかるのでしょう。

最近になってパワーウィンドウも調子が悪く、タイヤは劣化…
十二月には車検まで控えております。
もう満身創痍です。

ひとまずカバーは欠片を全て拾い集め、ボンドとテープでひっつけました。
上手に出来たので、まぁいいでしょう。

今後、もっと気を付けて運転します。
皆さんもドライビングの際には、細心のご注意を


べっこりへっこんだOPSでした。

2015年10月15日木曜日

ラヂオの時間。

将来の夢の欄に希望を書いた あの頃の自分から、もう何年も経ちました。
こんばんは。OPのI 釜ですm(_ _)m

皆さんの素敵なブログを拝見し、何を書こうか悩み 改めて自分が空っぽだということを思い知りました。なら好きなことを好きなように書かせてもらおうと思った次第です。
皆さんは映画はすきですか?
僕は大好きです。中でも好きなジャンルはアクション。
さよならおじさん こと、淀川長治さんの素晴らしい名解説のあとに始まる日曜洋画劇場は好きを通り越して もはや愛していました。

ダイハードにコマンドー。コブラにデモリションマン…
ブルースウィルスにシュワちゃん、スタローンは僕の人生の先生でした。

「ややこしい人間模様なんて(自主規制)だ! 出てきたやつは全て(自主規制)す!!
 全員倒したらハッピーエンド!!!○SA!U○A!!US○!!!」
…その分かりやすさ、ドストライクでした。

そんな僕は完全な洋画信者で、「邦画は○○だ」と公言する全く可愛くない子供…。しかし ある映画を観てキャラが変わりました。

「洋画は素晴らしい。邦画も素晴らしい」と。

僕の人生観をかえた作品、それがタイトルにもあるラヂオの時間でした。
監督は古畑任三郎のあの人、三谷幸喜さん。
高校生になって初のバイト代で買ったDVD、今も大切にしています。

大まかにストーリーを説明すると、当時から美しさが輝く鈴木京香が演じる主婦が作った小説が、ドラマになることに。そのドラマは何とラジオドラマ。声や音だけで作られる物語に、出演者 スポンサーやらのしがらみが絡みつき、そこに悲しく つらい現実が加わり、話はどんどん混沌としていきます。

①舞台は日本からアメリカのシカゴに。
②主人公 パチンコ屋のバイトだったのに敏腕女弁護士に。
③出演者全員 外人(という設定)
④ドナルド・マクドナルド
⑤メロドラマが SF長編に。
⑥しかし最後はハッピーエンド。…などなど…

また出てらっしゃる方 全員がいいキャラしてるんです。

この作品の魅力を感じて頂くには観て頂くのが一番かと。
こうして培った人生観が きっと毎日の礼状作りにもいかせているはず。
そう信じています。…そうであって欲しいですm(_ _)m

「僕の名前は ドナルド・マクドナルド」

ありがとうございました。








2015年10月12日月曜日

親指とかぼちゃ


師匠のほっこりするBlogの後に見合う話題はないものかと
頭をひねったのですが、他の人に比べてプライベートの予定が
少ない私はお手上げ状態です><

ということで もう世間はすっかりハロウィンですね!(←唐突)
ここでかぼちゃに関する話でも♡
一般的なかぼちゃは7〜8月が旬で 冬の間はニュージーランドから
輸入され、そのお蔭で年中かぼちゃを食べられているのだそう♡

私、先日そんな南瓜にしてやられました><
最近 全くといって良いほど炊事しておらず、とある休日あまりに
暇だったので南瓜の煮付けを作ることにしたのですが・・・
おさえる力加減を間違えたようで、南瓜を切った反動で
左手の親指の爪が もげてしまうという事態に。
痛さよりも先に 爪の下の皮膚を初めて見たという嬉しさの方が
勝ってしまうという 自分の変な感性にも驚きました←


思えば 高校生の時 パンプキンスープを作ろうとした際
りんごを剥くようにして南瓜をもってしまい、そのまま
左手の親指の皮膚をむいたこともありましたっけ。

自分の失態が原因で 跡が残ってしまった傷は数知れず。
しかし、未だに友人から「あの時の傷?ウケるんだけど!」と
思い出話にひと笑い咲かせるという良い影響もございます♡笑
何の中身もない話で申し訳ありませんが、
言いたいのはつまり・・・
皆様も親指とかぼちゃの取り扱いには十分ご注意下さいませ♡
OPH

2015年10月8日木曜日

ばあちゃんラブ♡

おはようございます、はたまた こんにちは、もしくは こんばんは。
オペレーターのN田(A)です。

さほど夏を満喫しないまま、気がつけばもう秋。
季節がめぐるのは早いですね。
朝晩はすっかり肌寒くなりましたが、個人的には最近 心がほっこりすることが何度もありました。

9月末には高校時代の友達が結婚式を挙げました。
10月2日はいとこの結婚式。
その翌日には祖母の誕生日。
さらに13日には祖父も誕生日を迎えます。

学生時代に一緒にバカやって笑い合った友達のウエディングドレス姿には
ウルっときましたし、娘命の叔父さんがバージンロードの一歩目から号泣している姿を
見たら こっちまで泣けてきました。


映画やドラマを見て泣くことはよくあるんですが、実生活で涙を流すことはあまりなく…
久しぶりに良い涙を流しました。
涙活って言葉がありますが、泣くっていいことですね♡


結婚式で幸せをいっぱいもらった翌日は
久しぶりに親戚集まって 祖母の誕生日祝い!
87歳になりました。
すっかり腰が曲がって、耳も遠くなってしまい…
母の実家は関東にありますので、久しぶりに会うたび祖母は小さくなっているような
気がします。
けれど歳を重ねるにつれて可愛らしさは増すばかり。
私を含め 歳の近い孫娘が3人いるので、祖母はよく名前を間違えます。
「ごめん」と言いながらもすぐまた間違えるところが憎めません。

親戚みんなが集まるとトランプをするのが我が家の暗黙のルールで、
祖父母の楽しみでもあります。
9時過ぎてすごく眠そうなのに「ばあちゃん寝たら?」って言うと
「いや、トランプするから寝ない」って意地張っていたところも
可愛らしいです。


私たちが帰ると言えば、「寂しくなるねぇ」とぽつりと言っていたのも
可愛くて…。

ちょっとパーマがきついところも含めて、うちのばあちゃんはキュートです。
久しぶりに会えて良かったな〜
また早く会いたいな〜と思った、今日この頃でした。

2015年10月5日月曜日

○○の秋


朝夕が随分涼しくなり、毎日着るものに困っています、どうもオペレーターのY下です。
南国と思われている鹿児島ですが、全然そんなことはなく‥‥夏は平均並みに暑く、冬も時折雪が降るほど寒くなります。
ご覧になっている皆様、これから鹿児島にいらっしゃる際はぜひあたたかい格好で^ ^

もちろん私の冬のコーディネートは
見た目<防寒
これで決まりです。

さて、食欲の秋、読書の秋、、、いろんなもの満載の秋ですが、スポーツの秋も代表的ですね。小学生の体操服姿を見るとつい「頑張れ」と応援したくなってしまいます。
最近は熱中症防止のために春の終わり頃に運動会を終えるところも多くなりましたが、まだまだ秋の代名詞です。

私もちょっと前ですが姪っ子の運動会に行ってきました。
自他共に認める〝おば馬鹿〟
待ち受けはもちろん姪っ子です。
小さな身体で一生懸命頑張ってるちびっ子たち姿を見ると、おばちゃんも負けてられないなと元気をもらえます。(まだ22歳)

実は私はきょうだいが多く、すでに7人の甥っ子姪っ子がいるですが、それぞれの運動会を楽しみにしてます。
時間をかけて作られたお弁当、応援に一生懸命なお父さんお母さん、運動会って愛情の詰まった行事なんですね。素敵。
私も自分の子供を応援する日がくるだろうか‥‥来てほしいなと 心から感じた幸せなひとときでした。

そして甥姪の来年のお年玉代のために、おばちゃんは明日もお仕事頑張ります。

Op Y下


2015年10月1日木曜日

ふるさと

台風でご存知の方もいるであろう枕崎市。
ぴょこんとあるのは、立神岩です。




JR日本最南端の駅、西大山駅
幸せを運ぶ黄色いポストがあります。

私が生まれ育っている鹿児島の観光地のなかで
ここ最近、出かけた場所です。



お礼状のなかに時々書かせて頂く「ふるさと」のことを少し
考えてみようかな…と思い立ったオペレーター新地です。
どうも。こんにちは。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。

父が中山町出身(鹿児島県内・自宅周辺)
母が金峰町出身(鹿児島県内・加世田方面)
ということもあり、
「おじいちゃん、おばあちゃんに会いに県外へ行く!」
ということとは無縁の子供でした。
幼い頃は旅行がてら旅立てる同級生がうらやましかった…。

けれども最近ふと思うのです。
近くにいるというのも、良きかな。と。
残念ながら、どちらの祖父母も他界しておりますが、
近くにいたからこそ「具合が悪い」と聞けば真夜中だろうと
駆けつけられましたし、逆に孫の調子が悪いとなれば、どこまででも
行ってしまう祖父母の姿を見ることが出来ました。
祖父母の住んでいた家は、どちらも様子が変わってしまいました。
ただ、私が祖父母を慕う気持ちに変化はありません。
それでいいんだよなぁ・と、つくづく思うこの頃です。

変わらなければならないものも
変わらなくてもよいものも
すべて尊い。
月夜にそんなことを考えつつ、酒をちびりと飲んでおります。

場所をしめす「ふるさと」、そして精神的な心の「ふるさと」。
私には、とっても大事な宝物があることに気付いたからこそ
また明日も、ちょっと前進です。