2012年9月28日金曜日

最近 認知症の方が増えているとのニュースを聞きました。
少子化が進み、超高齢化社会になっていることも大きな一因。


お礼状の取材でも耳にすることが多く、その増加を肌身で感じていました。

「(子供である)私の顔も分からなくなったんですよ」
「子供に戻っちゃって、施設にお世話になると決めたんです」
そんなお声を聞く度に色々と考えさせられることも多く、
もし親がそうなったら、私や夫・あるいは両方が発症したら…と
思うと、不安な気持ちでいっぱいになります。

何より「大切な思い出が、母の中から薄れてゆくことが本当に
悲しかったんです」とおっしゃるご遺族の切なさは、
いかばかりかと…。

ある取材で、喪主様が “母はここ数年「お母さん お母さん」って
可愛い声で、祖母のことを呼ぶようになって、
「お母さんに逢いたいよ」ってせがまれることも
あったんですよ”と語って下さったことが忘れられません。

記憶って目に見えないだけで、大切な身体の一部なんだなと感じます。
共有していたはずの"記憶”。それによって結ばれていた絆が消えて
しまう寂しさは、ご本人やご家族にしか分からないものだと思います。
それでも、ほんの数分の取材であっても、耳を澄まして、心を寄せて、
お話を伺いたいと思う今日この頃でした。
OP Kanei


2012年9月27日木曜日

気づけば入社して丸4年

あっという間に30代も半ばにさしかかり、
結婚の話よりも『大事な人との死別』という話が
身近になってきたような気がする今日この頃。
家族を含め、近しい友人達も会葬礼状作成という私の仕事を知っていますので
折に触れお礼状の話になります。
これは先日 夫から聞いた話。
「うちの会社の女の子のお父さんが亡くなって、○○で葬儀をしたらしいんだけど
 『お礼状がすごく良くて泣いてしまった』って言ってたよ」
その前にも母から言われました。
「この前□□であった☆☆さんの礼状、あんたのとこで作ったやつ?
 すごく良かったねぇ! みんな『これはいいなぁ』って言ってたよ」
そして その少し前、伯父が他界した時にマコセで会葬礼状を作ってもらった時も
「正直なところ、質問されても何も浮かんでこなくて
 全然話なんかできなかったんだけど、
 読んだ時に『ああ、そうだった。こんなことあった』って思ったら涙が出てきたわ。
 ずっと『お父さんなんか大嫌い』って思ってたんだけどね」
そんなふうに従姉妹が話してくれました。

お礼状作成に携わるマコセのスタッフは
ご喪家様と顔を合わせることはありません。
オペレーターが ご喪家様とお話をさせて頂くのも、取材の数分だけ。
ですから私達は自分たちの作ったものが
本当に満足頂けるものだったのか、お気持ちに添うものだったのか、
いつも不安に思っています。
でも毎日の仕事の中では それを確かめることもできずに
次から次へ、お礼状を必要として下さる方の声に耳を澄まし心を傾け、
ペンを走らせモニターに向かってキーボードをたたき…
しかし、だからこそ、こうして ふいに喜びの声を耳にした時、
心の底から嬉しいのでしょう。
「喜んで頂けるように」「悔いのないお別れの一助となれるように」と
私達が砕いた心の欠片が、ちゃんと届いたことを感じる一瞬。
そこには確かな喜びの連鎖があります。
その小さなきらめきを明日への原動力に、
私達は今日も世界でたったひとつのお話に向き合っています。



…いつも毒舌暴言だらけの私らしくない文章になりました。
これも日増しに秋めく風のなせるワザ…?
「ずっとこうだといいのに」と思ったマコセ社員の顔、ちゃんと見えてますよ!(OPシラカワ)

2012年9月24日月曜日

おじいさんは山へ栗拾いに。


もう少しで86歳になる母方の祖父は、山育ちで足腰が とっても丈夫。
車の免許を持たないため、移動手段と言えば徒歩か、長年愛用している古い自転車です。
20年近く前に家族で霧島の山道を歩いた時も、一行の中で最年長+足元は革靴という祖父が涼しい顔をして先頭を歩きました。若者のメンツが丸つぶれだったことは言うまでもありません。
正直、今でも勝てる気がしません。

元気の秘訣は、やはり趣味なのでしょうか。
うちの祖父は、季節ごとに旬の味覚を取りに行くのが大好きなのです。
それも、みんなを喜ばそうと沢山採ってきて…。
冬の寒さがやわらいできたら、自宅から片道10km以上自転車を漕いで、吹上浜まで貝掘りに、80歳近くまで通っていました(流石に危ないので、家族が必死に止めました)
山道を分け入り、タケノコも掘ります。タケノコと一口に言っても真竹、大名竹、孟宗竹にコサンダケ(正式名称は布袋竹)と、いろいろな種類を見つけ、美味しい時期を狙ってきます。
大量に採ってきたツワは、冷凍庫の隙間を埋め尽くす勢いでストックし、自分で煮つけを作るのです。
夏の暑さには堪えかね、少し活動を止めて夏の高校野球と大相撲の取り組みを見ながら大人しくしてくれますが、秋がくると さぁ大変。
イノシシに食べられる前に、栗拾いですって ←本人談。
いや、じいちゃん。イノシシが出るかもしれないし、危ないってば。

驚くことに、観測史上最強と言われる台風が過ぎ去った翌日、祖父は早速山へ栗拾いに行ってきたそうです。
「うんまかどー(美味しいぞ)」
「みんなで食べんか(食べなさい)」と言って持たせてくれた栗は、皮もツヤツヤ。
茹でたら、画像のようにツヤが落ちてしまいましたが…。でも、味はGoodでした!

母の「こげん むくろいき採ってこんでも良かったのに!(こんなに思い切り採ってこなくていいのに)」という、ため息と心配混じりの小言を、祖父は聞いていたのだろうか…。
たぶん、聞き流しているかもしれない。

…こういった理由で、取材時 山菜採りやキノコ狩りの話題になると祖父のことを思い出し、妙に親近感を覚えてしまう江口なのでした。
じいちゃん孝行できるのは、いつになるやら分からないけど、元気で長生きしてほしいです。切実に。

2012年9月21日金曜日

にやける

今朝出がけに見たニュースによると、
20代から30代の7割の人が
「にやける」の意味を間違っているとか。
私も もれなく「薄笑いを浮かべる」と
思い込んでいました。お恥ずかしい…
本当は「なよなよしている」

続いて「割愛」は「不要なものを捨てる」
そう思った方は、残念ながらボッシュート。
正しくは「惜しいものを手放す」だそうです。

では最後にクイズです。
正しいのはどちらでしょう。
「舌先三寸」それとも「口先三寸」?
 
 
 
 
 
 

 
 
 
OP 小林
 
 
 

2012年9月19日水曜日

秋の夜長の過ごし方


朝晩めっきり涼しくなって、秋の気配が感じられる今日このごろ。
秋生まれの私としては四季の中で一番好きな季節がやってきました。
「もの悲しい…」と何故だか涙を流したりするセンチメンタルな家族を
横目に、一人 気分は急上昇↑↑↑なOP久保です。

皆様は「秋の夜長」をどのようにお過ごしでしょうか?
電気工事士の父、洋裁師の母を持つ私は、親譲りなのか
幼い頃から手仕事が大好きです。また、地味な内面も相まって
こつこつと何かを作ることを好む傾向にあります。

陶芸や木彫りを趣味とする母の作品に溢れた我が家の玄関。




ごちゃごちゃしてますが、本人曰く、これで良いそうです。。。

ところで、私が見よう見まねで編み物を始めたのは小学四年生の頃。
鹿児島では暑くて 着ることはないのに、編み図さえ見れば
今やこんな物まで編めるようになりました。
















北欧かアラスカにでも引っ越せば、活用できそうです…。


パッチワークも好きで、無心でチクチク針を動かしていることが
何よりのストレス解消。これは先日完成したキルト。


















そして、一昨年から始めたのはステンドグラス。
今は、お値段三万円ほどのガラスを削る機械を購入するか、
眉間にシワを寄せつつ悩んでいるところです(-"-;)ムム・・・
母と一緒に作ったランプがこちら。






















今年のクリスマスには、ワイヤーを使った小さなツリーを作成…予定(笑)
いつかはガラスだけ使ったランプも作りたいと、夢はふくらむばかり。

そんなこんなで、やりたいことは山ほどあります。
全てを極められるはずもなく、広く浅くなのが残念なところではありますが、
これからも様々なことに興味を持ち続けていたいと思います。


最後にもう一つ。
以前、誕生日プレゼントに貰ったガンダムのプラモデル、通称『ガンプラ』
















高さ30cmくらいある、このザクさん。(ザクって名前らしいです)
作るのも楽しかったし、なんだか格好いいし、世の中の男子は子供の頃から
こんなに楽しいことをしていたのかと羨ましい気分になりました。

冬に向けて まだ夜は長くなりますので、皆様もぜひ楽しいひとときを
お過ごしくださいね。それでは、また。

2012年9月18日火曜日

2012夏 大反省会

9月17日は敬老の日でした。
2日前に気が付いたものの、時すでに遅し。
慌ててプレゼントを選んで発送しましたが
台風の影響もあって随分と時間がかかるようです。
ごめん、myグランパ。ゴメンネッ!!

さて、店先には梨やサンマなど、旬の味覚が並び
新たな季節の到来を感じられるようになりました。
初夏の次に秋が好きなハタノです。

しかしながらネタがないので
この夏を振り返ってみたいと思います。
皆様はいかがお過ごしでしたか?
私は
「SEEDを最初から見たいね」と君が言ったから
               夏の間はガンダム祭り
来る日も来る日も2人でガンダムを見続けておりました。
オープニングで歓喜し、名シーンでセリフを叫んで…
SEEDの次はDESTINY、08MS小隊、スターダストメモリー、
今は我が懐かしのウイングを見ています。
何より衝撃だったのは、食わず嫌いで敬遠していたダブルオーが
激しく面白かったこと。
全てを理解するには事前予習が必須ですが
平和を求めてやまない姿勢はシリーズ1だと感じました。

これ以上は不適切になりそうなので自重します…

そして、ガンダム観賞のお供には〇ーソンのフローズンラテ(コーヒー)。
売り切れていたり、時には目の前で20個ばかり買い占められてしまったり
私の身の回りにも小さな戦争は勃発しているのだと痛感せざるを得ません。

上記のようなタイトルを銘打っておきながら
たくさん映画にも連れて行ってもらったし
色々なところへ足を運んだのに
あまりにもGUNDAM漬けだったので何もかも忘れてしまいました。
ごめん、本当にゴメンネッ!!!
あなたの優しさは記憶の片隅で永遠に…

一つだけはっきりしているのは
いちごおりは食べに行きませんでした。酒瀬川さんに悪いと思って。

2012年9月16日日曜日

祝・敬老の日

こんにちは、お礼状制作部前田です。
敬老のお祝いと称して先日鹿児島県霧島市へ出かけてきました。
まずは霧島神宮へお参り

長女(母の姉)92歳・四女(母)85歳・父88歳・二女(母の姉)89歳
おかげ様で皆とても元気です。

ちなみに母は9人兄弟。
内2人しかいなかった男性は先立ち
女性7人はピンピンしております。

歳をとるとやはり女性の方が色々な面で強いのでしょうか・・・。


道の駅から眺める景色は最高で




丸尾の滝の水量も今日は適量(雨の関係で少なかったり濁流だったりします)



翌日は御池(みいけ)へ行き
(何度教えても母は「おいけ」「おいけ」と言うので
3度に1度は「みいけ!」と訂正^^;・・・)
      

その後すぐ近くにある霧島東神社へお参りしました。
最近めっきり疲れやすくなった父を車に残し、
女性陣はどんどん階段を登って行きます(--;)

しつこいですが、92歳と89歳と85歳です。
私より元気です。



境内にはバレリーナのように根っこを地面に広げた
こんな桜の木があります。




他にも沢山桜の木があり
来年こそは花の季節に来てみたいなぁと思うことでした。




最後はぶどう狩りへ・・・
なぜか伯母たちは店頭で販売されているぶどうを買い
父は試食のふどうを食べまくり
せっかくぶどう園へ来たのに
ぶどう狩り楽しんだのは私と母だけ。
さすがに伯母達も疲れたのでしょうか。



ドライブインで焼きそばをペロッと平らげ無事帰宅。
元気でいてくれることに心から感謝です・・・。
また近いうちに皆で旅ができますように。

2012年9月12日水曜日

不思議な我が家

こんばんは。取違です。
突然ですが、うちの家族は、みんな活字好きです。



★父-ふつう、お酒を並べるんじゃない??という棚に酒と本が一緒に並んでいます。新聞の新刊広告を見て、本を注文するタイプ。
















★母-「お母さんの宝物」でいっぱいの部屋があります。そこにあるのは漫画本。雑誌の立ち読みも大好きで、本屋には何時間でもいられるタイプです。「●●書店は、最近紐でしばってあって読めないよ~O<」と、よく報告してきます。



 

















★弟-車の中に沢山の本が置いてあります。
いらなくなると「ねえちゃんも読め」と私好みではない本を渡されます。


★私-家族の中で一番本を読まないので、「なおちゃんは、漫画を読まないから国語ができないんだよ(人の気持ちが分からないんだ)」と、怒られた過去あり。


ですが、読まなくても手の届く範囲に本がないと落ち着かないタイプ。今も見渡したら、5冊ほどソファの上に置いてありました。




そんな我が家では、だいぶ昔から会葬礼状読み回しという不思議なことを実はしていました。オリジナル礼状など以前はないので、「●月●日、どんな病気で亡くなった」という簡単な物。


お父さんが持って帰ってくるとお母さんが読んでいて、お母さんが読んでいるから私と弟もなんとなく読んで・・・。何か話すわけではないけれど、ただ(この人、もういないんだ)とか「この人、娘いたんだ」とか「親戚多いなぁ」とか、そんなことを思っていたような気がします。



私は高校を卒業すると家を離れたので、礼状を見る機会はめっきり減り、あちらやこちら・・・鹿児島を離れて生活していました。その頃、実家に帰ったらうちの母が「なおちゃん、なおちゃん。これ見て~。最近のは違うんだよ~。おもしろいの。お母さん、すっごくいいと思って、残してたんだ~」と見せてくれたのが、まさにオリジナル会葬礼状でした。【ウソのようなホントの話】



まさか私が、その礼状づくりに携わるとは微塵も思っていなかったので、びっくりです。



うちの母と弟は、お葬式に行き、もらった礼状がオリジナル礼状だと私に電話をしてきます。「いいよ、断るーOー」と、断固遠慮しても「なんでよ~。読んであげるから」と電話口で読まれますーー;。


お父さんは電話の向こうで「うんうん。いい話だ^^★」と感想を述べています。マコセの誰かが作った礼状でしょうね。




























”不思議な我が家”に気づいて思ったのですが、こういう家庭は他にもあるのかもしれません。礼状の魅力って、いろいろですね。

2012年9月10日月曜日

火山灰と日焼けと寝不足の夏。



お疲れさまです、モリタです。


夏の終わりにニトリのセールで『そうめん太郎』を買いました。幸せです。


で、突然振り返る 2012年 夏。

まずは小学校の同級生 愛ちゃんと地元の夏祭り。


酒瀬川さんに悪いと思いつつも
ハッピーポイントで苺氷りも食べました。
 


高校の同級生とは水族館へ。

  

人生初の東京ディズニーシーにも行きました。 

そうこうしているうちに、あと2週間で29歳になります。
全力で遊んでみて分かったことは
体力が著しく低下しているということ。
来年1月、菜の花マラソン(40キロ)に向けて
秋から少しずつ歩く、時々走る、稽古を始めたいと思います。
頑張るぞー!

2012年9月8日土曜日

旅行班最終組 関西旅行4日目

最終日は、なんと言っても「なんばグランド花月」
出演者は、名前をど忘れしてしまいましたが、新人芸人さんに中川家、
オール阪神巨人、上方のりお よしお、特別ゲストは何故か山下真司、
そして極めつけ
西川きよし師匠!!
早めにチケットをゲットしてくれたS地さんのおかげで、
この豪華ラインナップを2列目の特等席から観ることができました。
そこでミラクルが…なんと きよし師匠がS地さんに舞台上から
「えろう笑うてくれはりまんな〜どこから来はったん」
とまさかの突っ込み。
「鹿児島〜」
とあっけらかんと答えるS地さん…やはり大物です。
うわあ S地さん あのきよし師匠としゃべってるよ〜すごい、どうしよう
と私はひとりで興奮してました。あ〜録音したかったっ!。

そんなこんなで
お腹が痛くなるくらい笑えた2時間半はあっという間に過ぎて
あとは関空からピーチ航空で鹿児島に帰るばかり。
前々から良い噂をあまりきかない桃航空…。
しかしながら、心配していたようなこともなく、
驚くほど快適なフライトでした。
国内といえど、新幹線でたった3時間の距離といえど、
鹿児島とは全く違った文化に沢山の感動をもらった4日間。
社長、寛子さんはじめ、機会を下さったすべての皆様へ
本当にありがとうございます!!





旅行班最終組 関西旅行3日目


旅館かがりやの内庭…朝の風景

中一日おきまして、3〜4日目の報告を正田がさせて頂きます。
居心地いい町屋旅館に後ろ髪引かれつつ、一行は一路伏見の寺田屋へ。

寺田屋事件であまりにも有名なこの宿は、大河ドラマ「龍馬伝」放送時には
見学客で行列ができるほどだったそう。
この日も平日にもかかわらず、観光客が2〜30名!
坂本龍馬人気は健在ですね〜。

中に入ると、寺田屋ゆかりの志士たちの写真など
「龍馬の部屋」(^_^; …なんかおもしろい。

寺田屋事件の刀傷なんていうのもありました。傷ってここでしょうか??
それにしても字下手すぎる(^0^;)
明治の空気を胸一杯吸った後は、かの名な黄桜など見学しつつ
龍馬通りをぶらり散策です。

表通りでタクシーを拾ったところ 一つの出会いが…。
「京都駅まで」という私の一言に運転手さんが
「あんた達は九州からね?」
「鹿児島です」
「おいもじゃっど!」(ちがったかな?)
なんと大口出身の運転手さんでした。
そこからは鹿児島弁で盛り上がり、あっというまの20分。
…しかし、たった八文字で鹿児島ってばれる私って一体…
そういえば、以前四国に行った時も
「あの〜」
の一言でお茶屋のお姉さんに鹿児島ってばれたなぁ(^◇^;)などと
ちょい自虐をはさみつつ、京都駅から新大阪駅へ移動しました。

お昼はあまり時間がなく、新大阪駅
の構内で日替わりを…
大阪いうたらうどんやろ、なんで蕎麦やねん!
ツッコミが聞こえてきそうです
でもさすが大阪。駅の食堂といえど、出汁がきいて美味しかった!

では、ここから大阪で食べたものあれこれ
スライドショー\(◎o◎)/!
アイスドック…流行っているんだそうです
パンが揚げてあるからか昔懐かしい味がしました。
(なんでやねん)

なんたって串カツ
テレビでもおなじみ 「だるま」にて
(ソースの二度漬けは禁止やで)
ここではなんと、同行のS地さんとO島さんは
大阪人の店員さんをいじりたおしてました。すごい!

新世界のざわっとした雰囲気伝わるでしょうか?
別な串揚げ屋さんにて。
「ここはな衣に山芋つかってるんやで〜」
という大阪のお兄ちゃんの説明を熱心に聞くふたり。

これは絶対外せない!「大だこ」のたこ焼き
外カリッで中フワフワあつつ(;゜)ウッ
でもさすがに美味しかった〜
こうやって食べて歩いて、3日目の夜は更けて…。
大阪はにぎやかで、雑然として、うるさくて、子供のおもちゃ箱を
ひっくり返したような魅力的な街でした。

2012年9月6日木曜日

旅行班最終組! 〜 関西への旅

旅行班最終組。出発です。
いざ、関西へ!!


搭乗手続きを済ませた私たちの目の前に
リュックを背負った男性がひとり…
同じ方向に向かっていました。
すると突然!
リュックの紐が2本とも切れるという
アクシデントに遭遇。
当然、彼は苦笑いです。
でも、中身が飛び出る。とかの
ハプニングには至らなかったので
良かったと胸をなで下ろした関西班4人組でした。


神戸につきまして、ホテルへ荷物を預けに…
タクシーの運転手さんが、
可愛らしいおじいちゃんでした★


荷物を預けたら、本日の最初の目的地、灘の酒蔵へ。
さすが酒所。川の水さえも綺麗でした。


辿り着いたのは
酒蔵「沢の鶴
杉玉です。
入り口にでんと構えてました。
大きい樽!
飲み干すまでどれくらいの
時間がかかるんでしょうか。
入り口に飾ってありました。
目の前で見ると、すごい迫力です。
昔は、こんな船で
お酒を運んでいたそうです。
上記2枚は、かつて貼られていたであろう
ラベルたち。
阪神大震災で全壊したにもかかわらず
しっかりした資料館になっていたことに
感激でした。
時間はかかれど、復興できる。
私たちには、その力がある。
そんなことを感じたひととき…。


その後、私たちは南京町へ。
あまりの空腹と勢いで
いい写真を撮るのを忘れました。
ごめんなさい。

神戸牛のステーキバーガーを食べて
老祥記の肉まんを頬張り…
三宮周辺でショッピングを楽しみつつ
疲れたね…と、
喫茶店で珈琲を堪能。

その後、夜景を楽しむべく
ポートタワーの方へ向かいました。

今日のビッグイベント!大正時代から味が変わらないという
明治屋 神戸中央亭」という洋食屋さんへ。
タンシチューとカツレツをそれぞれ頼みました。
大きなタンが3枚も入っていて、
お箸で切れるくらい、とっても柔らか♪
上品なデミグラスソースでした!
美味しいのなんのって!

ここに、大きなタンが3枚も!
翌日に備えて
1日目は終了です。


さてさて…
旅は続いて二日目です。
この日は京都へ移動しました。
今井食堂の さば煮定食」をめがけて、
まずは上賀茂へ。
『きたなシュラン』でも紹介されたという、お店。
店の雰囲気はもちろん、味も最高です!
さばが柔らかい!醤油味が染みこんでいて
激うまでした。


「ちょっと飛び降りてみる?」
なんて会話をしていたとしたら。
びっくりです。
その後、清水寺へ向かい
『清水の舞台から…』という言葉の意味を噛みしめました。
紅葉の頃に行くと、また違う表情を見られるんだろうな…と、
新たな楽しみをひとつ見つけたのは
言うまでもありません。
その後、四条あたりでぶらぶらしつつ、市場を散策!
樽で漬けられている漬け物を見ると、
なぜか心が騒ぎました。


青空が通り過ぎて夕方からは大雨…
この後、予定していた川床は、残念ながら室内と
なってしまいました。
が、その悔しさも吹っ飛ぶほど美味しかったんです!
どれもこれも、
ダシの味が出ていて最高でした。
まずは、沢山の味が詰まった
「おもちゃ箱」
ホタテ。
日本酒。
これ、器が石臼の形になってます。
中身は、つきたてのような餅。
上にかかっているのは
明太子のたれ。
からめて食べるのです!
おかわりしたくなるくらい
絶品です!
初めて。
ハモを食べました。
黒米?入りの
お餅の雑煮でした。
アスパラガスのグラタン
太刀魚の塩焼き
「骨あります!?」って
騒ぎながら食べた私…。

〆は
焼きおにぎりの
ほうじ茶 茶漬け。
すべて胃の中に入りました♪
そして
本日のお宿は、京都ならではの『町屋』です。
一軒まるごと貸し切りです。
ちょっとした台所もあったり、お風呂が五右衛門風だったり…
昭和の雰囲気漂う場所で、4人で過ごしました。
雨のため賀茂川周辺の散策は出来ませんでしたが、
その分、ぼんやりと灯る部屋の明かりに癒やされた
夜だった気がします。


初めての関西旅行で多くを見て多くを学び、
そして沢山の人と出会って語らい、
大爆笑の渦に引き込まれ…
様々な刺激をもらいました。

なんでも笑って許してくれた、旅行メンバーの皆さん。
社内で私たちの分まで頑張ってくれた皆さん。
そして…
帰って来た私たちを
「お帰り。楽しかった?」と
笑顔で迎えて下さった
社長と寛子さん。
本当に、本当にありがとうございました!!!

オペレーター 新地