2011年12月31日土曜日

2011年を振り返って・・・

さて、今年もいよいよ最後となりました。
皆様はどんな一年をお過ごしだったでしょうか。
私・白川は・・・ まぁいろいろなことがありました!!公私ともに!!
お仕事のほうでは新社屋に引っ越しをしましたし
またご縁に恵まれて様々な新しいお仕事も始まりました。
私個人としましてはグリーフサポートを学びに東京へ研修にも行かせていただきました。
そしてプライベートでは入籍をいたしまして、
会社の皆にも たくさんお祝いをしてもらいました!
これはオペレーター仲間の皆からもらったお手紙で



















これは営業さんやデザイナーさんたちが
鹿児島在住のイラストレーター・大寺聡さんに頼んでくださったもの。
鹿児島のシンボル、桜島の絵です。

















その他にお花もお祝いの品もいただきました。
でも何より嬉しかったのは、
その中にこめられた皆の「おめでとう」の気持ち。
振り返ってみると、今年は本当に
大勢の人に支えられ、助けられ、見守られて生きていることを
しみじみと感じる一年だったように思います。
身体に見合って態度もデカく、腹は真っ黒で、
日頃から言いたい放題で口の過ぎる白川ですが
感謝の気持ちだけは忘れてないつもり。
仕事もいろんな行事も目白押しで大忙しだった12月に
お祝いの準備をしてくれた皆さんが
どれほど手間と時間を割いてくれたのか、ちゃんとわかっているつもりです。
私の人生に 奇跡的に訪れた『結婚』というイベントを祝おうと
時々小出しにしながらも こっそり準備をしてくれた皆に、
今年いろいろな人生の山谷に直面した私を
悪口混じりでも あたたかく支えてくれた皆に、心から感謝します。
そして、すぐそこに控えた来年が皆にとって素晴らしい年になりますように・・・
祈りつつ、今夜は除夜の鐘を聴きたいと思います。
きっと108の煩悩は一つも減らないでしょうけども。

最後になりましたが、マコセの仕事を通じてご縁をいただいた全ての皆様、
そして、3月11日の東北大地震以後、
いまだ被災の苦しみの中にいらっしゃる全ての皆様、
新しい一年の健康とご多幸をお祈りいたします。
2011年もお力添え頂きまして、誠にありがとうございました!!

2011年11月26日土曜日

旅日記

そろそろ今年も終わりですが、今年を振り返ると(ちと早いですが)

文化的活動に力を入れてきたイシドウです。

とは言っても

いつもより少し多めに映画を鑑賞して

いつもより少し多めに本を読み

いつもより少し多めにライブに行き

思い立ったら一人旅に出掛け…という地味なもんですが。


一番最近出掛けた旅といえば、倉敷&尾道!

倉敷へ行く前にシーンズで有名な児島に立ち寄り、

ジーパン工場を見学しました。ジーパンの歴史を学びつつ、

色々なデザインのジーパンを眺めつつ

その魅力に触れて満足♪したまでは良かったのですが

あまりにバスの本数が少なく、タクシーも走っておらず

帰りは駅までかなりの距離を徒歩移動…

やっとのことでタクシーをつかまえ、事情を話したら

運転手のおじちゃんが哀れんでいました(ドンマイ自分)

しかも、駅に到着する直前に「この辺からは瀬戸大橋が見えるんだけど、

見ましたか?」と尋ねられるも時すでに遅し。

海から やや離れた位置にいたため、瀬戸大橋を見ることは叶いませんでした。

そんな重要なことは、早く言っておくれよ おじちゃん…と

心の中でなげきつつも、JRを待っている間にレア感いっぱいの

アンパンマン列車を見られたから良しとしました(単純)
















気を取り直して倉敷へ移動し、情緒あふれる白壁エリアを散策していたら













シュールな店発見。

猫のグッズを売っているのに「倉敷の犬 猫屋敷」とは、

もう意味が分かりません。
















しかし、街の雰囲気は情緒豊かで大変心癒されました。

路地を歩けば、カフェ、雑貨屋、文具屋、アクセサリー屋、古本屋などなど

味のある店がいっぱいで 夕暮れ時の心地よい風を感じながら

楽しくお散歩できましたよ♪

でも、調子にのりすぎて筋肉痛になりましたが(汗)











翌日は尾道へ。

尾道といえば映画の舞台!

俳優さんがインタビューで「ここで映画を撮影したくなる

気持ちは分かる」と話していたりもする街という印象だったのですが

その期待を裏切らない、素敵な場所でした。

ロープウェイで山に登って展望台から街全体を見渡すと

瀬戸内海と その間に浮かぶ島々も見え、

鹿児島とは違う独特な景観に感動しきり。

大雨だったけれど、お寺巡りも楽しんで良き時間でした。













そしてこの日の昼食は中華そば。

尾道といえば、尾道ラーメンということで

前日、倉敷の居酒屋のおじさんが教えてくれた「朱華園」へ。

しっかし、到着したら長蛇の列!!

でも、この機会を逃してはなるまいと、並んできました。
















味は…素朴な醤油ラーメン??

とにかく雨に濡れて寒かったのと、激しい空腹で

ラーメンの温もりに心癒されたことは確かです。


ちなみに普段は、マコセの向かいにある黒かつ亭(鹿児島で人気の

とんかつの店)に並んでいる観光客を見て「何であんなに並ぶんだ」と

疑問を抱いていた私。今回の旅で観光客の人たちが粘ってでも

名産品を食する気持ちが分かりました。たぶん。


そんな私の一泊二日の弾丸旅行。

思い立ったが吉日なので、またふらりとどこかへ

行こうと思います。

来年は紀伊半島を満喫したい石堂でした。


2011年11月24日木曜日

クリスマスが今年もやってくる


マライア・キャリーの『恋人たちのクリスマス』を聴くと

俄然テンションがあがる私。

子供の頃は12月も後半に差し掛かると、そわそわしていました。


サンタさんの存在を知ったのは、小学生の頃。

24日の夜 弟の枕もとにプレゼントを置く母親の姿を

目撃してしまいました。

「シルバニアのお人形も」「リカちゃんも…」

みんなみんな… (@_@;)


そんなこんなと ありましたが、今でも街がイルミネーションで

華やかに彩られる この季節が大好きです。


会社にも 皆の心をほっと和ませてくれるツリーやリースが

飾られています。


















お近くをお通りの際はぜひ (^_-)-☆ …  OP 樋原 


2011年11月20日日曜日

ひとの子の成長

最近、友達の子供たちが
どんどん『おしゃべり』上手になっています。

子供の成長は実に早い → 
私も知らない間に年を取ってるんだなぁと怖くなる


感じですが、
微妙な年頃の私のため
友人たちは早くから子供たちに
「なおちゃん」「おねえちゃん」と仕込み、
皆 立派にその通り私を呼びます。

あの子たちは、いつ
「あれ?おばちゃんじゃねぇ?」と気づくのだろうか。


かわいい盛りの彼ら、彼女たちは
毎回、私に小さな感動をくれます。

雨が降ると予想されていた日に
友達に「晴れてよかったね」と言えば
それを聞いてチビちゃんは、
「今日はなおちゃんに会うから、晴れたんだよ」と
そっと言いにくる。

(この前まで「あーあー」と言っていたのに)
「大きくなったねぇ」
そう笑いながら涙ぐむ、馬鹿な私。
「え?泣くとこ?」と驚く友達。


取材で孫のためなら労を惜しまないというおじいちゃん、
おばあちゃんの話をよく聞きますが、


最近、その気持ちが実によく分かります。
疲れても鬼ごっこに付き合い、
大変でもどんぐりを拾い、
毎回何か買ってあげたい…


2011年11月13日日曜日

農家の体力おそるべし

今年の夏、仕事中に腰骨を粉砕骨折をした父(60歳)でしたが…
10月に行われた娘(私ではない)の結婚式で腕をくみ、バージンロードを一緒に歩くまでに回復しました。
まだまだ普段は杖をついての歩行ですが、その時はしっかり歩いてみせた父。
家族からは密かに「ガッツ」とよばれるほどの根性持ちならでは。
その体力を分けて欲しいと、切に願う中山でした。

2011年11月9日水曜日

気がつけば…

今年も残すところ1ヶ月あまり…

街中はイルミネーションが輝き、クリスマスムードが高まりつつあります。


仕事を終えて帰ろうとしたものの

雪のため交通機関は大混乱。

年明けを数時間後に控えた大晦日の夜

タクシーを待つ長蛇の列に並んだ あの日から

もう少しで1年が経つのだと思うと

時の流れのはやさに少し恐怖を覚えます(×_×)


先日 仕事帰りにバスに乗ったところ、

見覚えのある顔がひとつ、ふたつ、みっつ・・・。

ちょっとドキドキしながら声をかけると

思ったとおり学生の頃 教育実習で受け持った生徒たちでした。


私が担当したのは、その子たちが中学3年生の時。

そして今は高校3年生。

それぞれ進路が決まっていることを聞いて

みんなの成長を嬉しく思いながら、

あれからそんなに経ったのかと 少しうろたえてしまったop岩島でした。



去年の大晦日 タクシーを待ったロータリー・・・

そして上の写真は「もう先に行けないよ!」と

タクシーの運転手さんに家のすぐ手前で言われて降りた時に撮ったもの

次の2枚は翌元日に

会社でいただいたおせち。



最後の2枚は教育実習時のものです。

2011年11月8日火曜日

手元にデジカメが2台ある理由

ブログにアップしようと目論んでいたのに、先月 家族で旅行に行った後デジカメが見つかりませんでした。

カバンの中も、机の中も、探したけれど見つからないのは何故ー!!

(写真のデータがパァになったのは痛かったのですが、同行した家族のデータをもらうことで解決)

あと、悔しいので新しいコを購入しました。パッと見シルバーと思いきや、実はうっすらグリーン。

ここまでは良かった。





まさか、デジカメを買った3日後(つまり、今日)に見つかるなんて・・・!!

そそっかしくて うっかりな自分が、益々嫌いになりました 。・゚・(ノД`)・゚・。




美ら海水族館で見た、気持ち良さそうに泳ぐジンベイザメとマンタの写真でご容赦下さい・・・。

江口@オペレーター

2011年10月16日日曜日

海と家族と手紙と
























父が単身赴任している奄美に、母、姉、私で
家族旅行も兼ねて遊びにいきました。
家族そろっての旅行なんて、中学生以来でしょうか。
やっぱり両親がいると つい甘えてしまって、何でも頼りきり。
父が現地ガイド兼運転手の役をしてくれて、とても楽チンな旅になりました。
ちなみに一番右の写真に写っている小さいのがうちの父です。

驚くほど透き通った海!
を、たくさん撮りたかったのですが、水没が怖かったので車に携帯を置いて
遊びまわってしまいました。おかげで見所がほとんど撮れていないという
悲しい事態に…。
せめて、美味しかったごはんだけでも。























空港で父と別れる時、一人一通ずつ手紙を渡して帰ってきました。
離れているからこそ、面と向かって言えないことを文字にしてみよう、と
ペンを握ったものの、あまりに汚い自分の字にビックリ。
そしていざ書こうとすると思い出せない漢字の多さに更にビックリしました。
パソコンの便利さが、私から知性を奪うんだな ぁと責任転嫁しながら、便箋5枚分に
ぎっしりと。

小学校、中学校、高校、大学、社会人になってから… 印象深かった
父との思い出を綴り、「ありがとう」と書いた手紙。
この仕事に出会わなければ、家族で旅行する機会はあっても、そんな手紙を
書こうとは思わなかったでしょう。
たまには昔を振り返って、ありがたみを噛み締めること、
それから、大事な人が元気なうちに感謝を伝えること。
この仕事についてから、それがとても大切なことだと、日々痛感しながら過ごしてます。

筆マメでもなければ、オープンでもない父なので
返事は特に期待していませんが、気持ちが伝わっていればいいなーと思っている
OP 井上でした。

最後に、私がこの旅で得たもの。
1 、素晴らしい思い出
2、長年の憧れだったホネガイ(検索をお勧めします)
3、田中一村の画集
4、リンパの腫れ

4については、ぐっすり寝て、近日中に治したいと思います。




2011年10月8日土曜日

☆いぢり的徒然草☆










ご存じですか?この方。
最近私がもっとも気になっている人物。
デスクの右壁から、こうして私を応援しています。
「NO LIMIT!!」
あー限界…と早い段階で弱音を吐く私を目下叱咤激励中。
…という、妄想です。

私が彼を初めてテレビで見たのは、
ビートたけしさんとダウンタウンの松本さんの番組でした。
まだ無名で、スポンサー探しをしていたように記憶しています。
あいまいです。ごめんなさい。
それから何だかずっと心にひっかかっていたのです。

エベレストに単独、無酸素登頂を目指す
栗城史多さん。
ひとりで、酸素ボンベ持たずに、あんな高い山に向かうんです。
完全にドMです。
会社のブログにこんなこと書いて良いのでしょうか…
ふさわしくない場合は、どうぞ削除を。

“本とは出逢うべき時に出逢う”
と聞きますが、本当ですね。
ある日、ふと手にとった本が栗城さんの本でした。
「あ!あの人だ!」
迷わず買って帰り、あっというまに読みました。

高い高い山の上の方では当然酸素もうすい。
苦しくなって、酸素を吸おう吸おうとしても
うまく吸えないんだそうです。
そんなときは息を吐く。
吐いて、吐いて…
するとうまく吸える。

と、なんだかそういうことが書いてあったんです。
全部あいまい、、本当にごめんなさい。

なんでしょう、うまく言えないのですが
衝撃が走ったというか…
すっと私の中に落ち着いたというか…

最近何でも吸おう吸おうとしていないだろうか。
吸うばかりじゃなくて、吐いてみよう。
自然に吸う、そのときを待ってみよう。
吐ききったとき、大切なものだけがきっと傍にある。
そんな気がしたんです。

秋はセンチメンタル☆ではなく、
万年ネガティブなんだと巷で噂のいぢりでした。

そんなことはない!だいじょうぶ!だいじょうぶ!
さぁ、みなさん、ご一緒に♪

2011年10月4日火曜日

秋ですね

秋真っ只中ですね。
読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋。何をやるにもいい季節。
みなさんにとっては、どんな秋ですか?

私は最近、夜の散歩を再開しました。

ここ4ヶ月ほどは暑さのために控えていたのですが、
先日「そろそろ、いいかも」と、連れと二人で出かけてみると、
冷たい空気が肌に心地よく、見上げる空の月や星もいつもよりくっきりと見えました。

夜遅かったので通り過ぎる車も少なく、静かな道をのんびり歩いていると、
とある公園の横を通りかかったとき近づいてくる黒い影。

「にゃぁ~」

公園周りの茂みの中から猫がちょこんと顔を出し、話しかけてきます。
「おお、猫さん!どうしたの?」
私が応じながらも歩みを進めると、
猫も慌てて後に先にとなりながらトコトコとついてきます。
そしてまた「みゃぉ~」。
「ん?何かあったの?それともお腹がすいたの?」
私が訪ねても「にゃお~」と繰り返すだけ。(…当たり前ですね)

結局その日は、
「にゃぁ~」「どうしたの?」「にゃぉ~」「いい天気だね」「みゃ~」「家はどこなの?」
とのやり取りを3分ほど繰り返しながら一緒に歩き、
「じゃあ、またね~。気をつけて帰りなよ~」と猫を見送ったのです。

さて、次の日の夜。
前夜の猫のことが気になり、また同じルートを散歩コースに選びました。

今度は私たちが公園の中に入っていき

「また来たよ~。どこにいるの?」

と呼ぶと、すぐに

「にゃぉ~」

と言いながら駆け寄る猫の姿。

そう、前夜の猫でした。
昨日と同様、やはり何かを伝えるようにひっきりなしに話しかけてきます。

「みゃ~」「にゃお~」「みゃぉ~」

「公園の中を一緒に散歩しようか?」

そう声をかけて広い公園の中を歩き回ると、
ずっとこちらに話しかけながら一生懸命あとをついてくるのです。
しばらく一緒に散歩を楽しんでから
「じゃあ、またね~」
と帰ろうとすると
「え?帰らないで!」
といわんばかりに後ろから駆け寄ってくるのですが、
なんせ我が家には、猫を天敵とする可愛いヤツらがいるんです。
「ごめんね。一緒には帰れないよ」
と言って、後ろ髪を引かれる思いで引き揚げました。

次の日からは散歩コースを変えたので、それ以来その猫には会っていません。
今日も道行く人をつかまえては話しかけているのでしょうか。
しばらくしたら、また会いに行ってみようと思います。

仕事でも生活でも日々たくさんの大切な出逢いがありますが、
たまにはこんな出逢いもいいですね。


5年前に、23歳まで頑張った愛猫を見送った、中村でした。

最後に、ブログ更新が大幅に遅れたことをお詫びして、
我が家に生息する『猫を天敵とする可愛いヤツ その1』の画像をどうぞ。

2011年9月20日火曜日

想ひ出のたび

先日の前田さんの同窓会の記事を読み
内心、中学卒業からの年数にひいていた鮎川ですが…笑

この連休で大学時代の友人と旅をして
卒業から十年の歳月が経とうとしていることに
気がつきました!!ってことは、小学卒業からは二十年!?(怖)
互いの仕事の話をしている時も、皆 完全に立ち位置が
中堅どころ。「最近の若い子達は…」と語る姿を見て
時の流れを痛感しました。

大学時代の友人はそれぞれ福岡・佐賀・長崎と九州各県に
住んでいるのですが、卒業後も1~2年に1度泊まりがけで
集っています。大分の湯布院や熊本の黒川温泉、鹿児島にも
何度か来てくれました。そして、今回行き先に選んだのは
熊本の阿蘇。
突然決まって、バタバタ計画を立てたこともあり、
なんだかとても記憶に残る旅になってしまいました。

大学時代の友人は裕福な家庭の子が多く、毎回予約してくださる
お宿が最高です。今回は連休でどこも予約が取れないということで
皆で一緒になって、ようやくひとつのペンションに辿り着きました。
ここが・・・
歩くのがやっとのおじいちゃんが部屋へ案内してくれる。
クーラーから絶えず水がしたたり落ちる。
お風呂やシャワーに「故障中」の紙が貼りまくってある。












心優しい友人が小声で「私、先月は帝国ホテルに泊まったの」と
つぶやいたのが最高に愉快な苦情でした。

一日目は雨で観光も楽しめず、一層憂鬱でしたが
二日目には、晴天。そんなお宿すら住めば都。
染みだらけの布団に横になりつつ
「これは人として成長?退化?」と尋ねる私に
友人が「順応じゃない?」と。
楽しいひとときでした。

最後に志村動物園でおなじみの
パン君とジェームスがいるカドリードミニオンの名物
エサをくれくれ!する熊さん。

2011年9月17日土曜日

お初です!

ブログ初登場のOP西田です。
初体験なので、お手柔らかにお願いします。

今回のためにネタを仕入れようと考えていたんですが、
出不精の上に休みの日に限って灰が降ったりと、
すったもんだがありまして
皆さんの心を鷲掴みするような話題が・・・

いきなりですが、占いには興味ありますか?
(怪しい宗教勧誘みたいでゴメンなさい)
先週、占いをしてくれる喫茶店のような飲み屋のような、スナックのような
よく分からないお店に行ってきました。
マスターの手相がやたら当たるというので、友達四人で
キャッキャッしながら入りました。

みんなは恋だ愛だ彼氏だ旦那だと浮いた話題があったんですが、
いかんせん私は枯れており、差し迫った相談もなかったので
「一番最後で良いよ〜」と遠慮してみました。
カラオケが備え付けてあったので、
とりあえず聖子ちゃん・明菜ちゃん・百恵ちゃんと
七十年代、八十年代アイドルを熱唱。宴もたけなわになった頃、
友達とピンクレディーメドレーをしていたら
マスターから辛辣なお言葉が!!
「もう時間なんで〜」






「もう時間なんで〜」
「もう時間なんで〜」
「もう時間なんで〜」・・・


私、占ってもらってないよ!!ねぇマスター!!
気が付けば私以外の三人は
ちゃっかり きっちり占ってもらっていたという状況。
やられた感が半端ない!!
松山千春歌ってる場合じゃなかったと、
あれほど千春を恨んだことはありませんでした。

がっかりする私を気遣ってか、
「あなたは何を占って欲しいの?」とマスター・・・
「仕事とか、金銭面とか、健康面とか、今後の人生とか、色々です」
とざっくばらんに伝えたところ
マスター「あなた、A型でしょ」
  私 「よくB型っぽいって言われますけど」
マスター「長女でしょ」
  私 「末っ子ですけど一応長女ですね」
マスター「お兄ちゃんでしょ」
  私 (末っ子の長女って言ったらお兄ちゃんしかいないんじゃ・・・)

と、手相がめちゃくちゃ当たるという前評判だったマスターが
一切手相を見ることなく当たり障りのない微妙な診断をしていき、最終的には
「うん、あなた大丈夫だよ!!」
と根拠のないフワッとした結論で幕を閉じました。

友達は皆、悩みや過去のことなどを言い当てられたらしく
「すごい、すごい」と言ってましたが、
私一人モヤモヤしたまま帰路につきました・・・

どなたか、ものすごい当たる占い師をご存知でしたら教えてください。


以上、初投稿の西田でした。次はもっとポップな話題をお届けできるように
頑張ります!!

2011年9月12日月曜日

夏も終わりですが怪談めいた話をひとつ

小学生だった私が夕方に下校しようとしたところ、ある教室の窓が開けっ放しになっていることに気がつきました。いつも鍵がかかっている部屋なので先生に伝えると、鍵を渡され「閉めてこい」とのこと。そこは学校にありがちな心霊スポットだったため、私はたまたま居合わせた友人A・B、弟と弟の友人Cを巻き込んで計5人で向かったのですが、開いて見えた窓は閉まっています。あれれと思いつつ先生に鍵を返し、校門を出たところでAが言いました「あんた、肩に何か付いてるよ」。見れば大きさ消しゴム(小)くらいの、朱色で楕円形の絵の具のようなものがベットリ付いています。ツヤツヤということは付けられて間もないのでしょうが、いつ?気づかなかったよと話すうち、他の人はどうだということになり、皆で服のあっちこっちを探していたら、ありました全員。

AとBはジャケットを脱いで、下に着ていたシャツの胸のド真ん中に。弟は後ろ襟の内側(写真:青い服参照)、Cは後ろ襟を立てたところ(写真:蝶の服参照)。













私はともかく他のメンツは脱いだり引っ繰り返したりしなければならない所なのが気になります。加えて朱色の濃さが私→A→B→弟→Cの順で薄くなっていき、B以降は楕円の中に細く白い曲線が何本も走っているのが分かり、よくよく見てみれば指紋のよう。つまりこの朱色の楕円は、大人の親指に朱肉付けて連続して押した拇印…なのか? いま考えてもそれ以外は思いつかないのですが、大事なのは誰が何の目的でいつってこと…。あの教室がまずかったのか、開いてるように見えた窓は真面目な児童を選ぶワナ?とか、当時小学生だった私達は微妙に震えました。幸い大過なく卒業しましたが、指紋付きの服は着る気になれず、かといって捨てることは親の手前できず、長い間タンスの奥にしまわれ、忘れた頃に顔を出して私を怯えさせたのでした。この世以外からのアプローチは怖くない感じでお願いしたいと切に思っている平山なのでした。
追伸:こんなブログに載せる了承を頂かないまま写真撮ってスイマセン、上入佐さんと水元さん…。

2011年9月9日金曜日

29年ぶりの同窓会

こんにちは、お礼状作成部 前田です。私は父の仕事の関係で、5歳から高校を卒業するまで札幌に住んでいました。中学卒業後29年同窓会のお知らせが来たのは今年6月末のこと。一つ返事で行く事を決め、8月13日から15日まで彼の地へ行って参りました。友人の結婚式以来、20年ぶりの北海道。そして卒業してから実に29年ぶりに会う同窓生。

期待と不安が入り混じったまま飛行機に乗れば、そこには真っ青な空が・・・
仕事柄、戦争体験のお話を聞く機会が多い私達。終戦記念日が近かったこともあり、戦時中パイロットたちはこんなに美しい空を見ながら目的地へ向かわなければならなかったのかと、しみじみ戦争の残酷さを思いました。





20年ぶりの札幌は、懐かしいと言うよりまるで知らない街へ来たかのよう。けれど、住んでいる頃いつも眺めていた藻岩山(もいわやま)はそのままそこにあり、そして懐かしいテレビ塔や地下街、狸小路もそのままでした。










さて、肝心の同窓会はと言いますと、最初「初めまして・・・」と挨拶しそうになった同窓生も、少し話すうちに「変わっていないね」と笑顔を交わし、楽しい時間を過ごすことができました。皆どう変わっているかと思っていたのですが、45歳という年齢はそれぞれ職場や家庭である程度の落ち着きを持って過ごせる年齢なのか、皆素敵に歳を重ねていて、自分にとって人生観が変わるほどの、とてもいい刺激を得る事ができました。
翌日市電でぐるっと周ってみると、聞いてはいたものの、母校は隣接していた大学と共にあいの里という所へ移転しており、跡地は図書館となっておりました。

一抹の寂しさを覚えつつ夜は円山動物園の「夜の動物園」へ。北海道ということもあり、熊コーナーがとても充実していて、何種類もの熊が、暗闇をうろうろと。鹿児島の動物園の白熊より、毛並みがふさふさしていたのはやはり、寒いからなのでしょう。熊の写真はうまく撮れなかったので、別の写真を数点。


ミミズクの「フクちゃん」



寝ているワニ

レッサーパンダ (の足とシッポ)


トラ


ねずみを食べてるへび (ヒーッと言いながらしっかり写真を撮る・・・)






最終日は、以前から行きたいと思っていた美唄にある「アルテピアッツァ美唄」へ
旧炭鉱町にあった小学校と、その周辺の敷地に彫刻家「安田侃(かん)」氏の作品が展示されている素敵な場所です。
















そして3日間付きあってくれた友人と別れ、一路鹿児島へ。生まれ故郷鹿児島と、心の故郷札幌を持つ幸せを感じつつ、これまで生きてきた中での人との出逢いに感謝した3日間となりました。最後に鹿児島が誇る桜島と、桜島フェリーの写真を。最後まで読んで頂きありがとうございました。